関西学院大学は、かつて一般入試比率が3割台まで低下し、「推薦学院大学」と揶揄された時期がありました。
その背景には、単なる「偏差値維持」だけでは説明できない事情があります。実は関西学院大学は、文部科学省が進めた大学入試改革の代表大学として、その最前線に立っていました。
現在、関西学院大学の一般入試比率は再び50%台まで回復しています。2024年度入学者では54.3%となりました。
一度大きく下げた一般入試比率を、なぜ再び高めたのか。
その歩みをたどると、日本の大学入試改革が抱えた試行錯誤と葛藤が見えてきます。
かつて関学は、関西私学のトップ層だった
現在の受験生からすると、関西学院大学は「関関同立の一校」というイメージが強いかもしれません。
しかし、過去の関西学院大学の位置づけは、現在とはかなり異なっていました。
かつては関西私学の中で最上位と見られる時期もあり、少なくとも1990年代までは同志社大学と並んで「関西私学の双璧」として語られる存在でした。
その後、同志社大学がやや抜け出した後も、関西学院大学は比較的最近まで関関同立の2番手として見られることが多く、立命館大学や関西大学より一段上という評価も珍しくありませんでした。
だからこそ、その後に立命館大学や関西大学と横並びで比較されるようになったことは、単なる大学間順位の変化ではありません。
かつての関西学院大学の位置づけを知る人ほど、その変化を大きく感じたのです。
もちろん、大学の人気や偏差値は入試制度だけで決まるものではありません。
少子化、学部構成、キャンパス立地、就職実績、広報戦略など、さまざまな要因があります。
ただ、関西学院大学が一般入試比率を大きく低下させたことが、受験生や保護者からの見え方に影響したことは否定できないでしょう。
特に大きかったのが、
「一般入試比率が低い=指定校推薦が多い」
というイメージでした。
「推薦学院大学」と呼ばれた背景
関西学院大学では、一時期、一般入試比率が3割台まで低下しました。
その結果、
「関学は指定校推薦ばかり増やしている」
「一般入試の枠を減らして、偏差値を高く見せているのではないか」
という批判が広がり、「推薦学院大学」と揶揄されることもありました。
しかし、この見方にはいくつかの誤解があります。
一般入試以外の経路は「指定校推薦」だけではない
ここは明確に区別しておく必要があります。
一般入試以外の入学経路は、指定校推薦だけではありません。
系列校・附属校推薦、協定校推薦、総合型選抜、スポーツ選抜、国際系入試など、多岐にわたります。
したがって、
「一般入試比率が30%台だから、残りの約70%が指定校推薦」
というわけではありません。
しかし、外から見るとその違いは分かりにくいのが実情です。
さらに、関西学院大学は高校との連携を積極的に広げていきました。
その中には、一般的な大学受験の偏差値という尺度だけで見れば、いわゆる難関進学校とは言いにくい高校も含まれていました。
一般入試で関西学院大学を目指す受験生は、英語や国語、地歴、数学などを何年もかけて勉強します。
その受験生からすれば、
「一般入試ではこれだけ勉強しなければならないのに、なぜこの高校から推薦で関学へ行けるのか」
という疑問が生まれるのも無理はありません。
こうした不公平感も、「推薦学院大学」という揶揄につながっていったのでしょう。
「偏差値操作」ならもっと直接的な方法がある
そこでよく語られるのが、
「関学は一般入試の枠を減らして、見かけの偏差値を維持しようとした」
という説です。
確かに、一般入試の募集人数を減らせば、合格者数を絞りやすくなります。
したがって、一般入試比率を下げることが偏差値にまったく影響しないわけではありません。
しかし、偏差値を上げることだけが目的なら、もっと手っ取り早い方法があります。
- 入試科目数を減らす
- 入試方式を細分化する
- 同じ学部に複数の日程を設ける
- 配点方式を複数つくる
- 募集人数を方式ごとに細かく分ける
大学の偏差値は、大学全体に一つ付けられるものではありません。
基本的には、学部・学科・入試方式ごとに示されます。
そのため、一つの3科目入試で大人数を募集するよりも、少人数の募集枠を複数の方式に分けた方が、個々の方式では合格ラインを高くしやすくなります。
また、3科目型より2科目型、2科目型より1科目型の方が、受験生は得意科目で勝負できます。
偏差値という数字だけを意識するのであれば、こうした方法の方が直接的なのです。
方式細分化の代表例――立命館大学
この点を考えるうえで興味深いのが、立命館大学です。
立命館大学は1980年代後半から1990年代にかけて、大胆な入試改革を進めました。
従来型の3教科入試だけでなく、科目数の少ない方式や多様な入試方式を展開し、全国規模で地方入試も広げていきました。
現在でも、全学統一方式、学部個別配点方式、共通テスト併用方式、共通テスト利用方式など、多様な入試方式を設けています。
さらに、関関同立の中で唯一、3月実施の「後期分割方式」も設けています。
つまり、
「一般入試比率が高い大学=昔ながらの3科目入試一本で学生を選んでいる大学」
ではありません。
一般入試比率が高くても、入試方式を細かく分け、受験機会を増やすことはできます。
立命館大学は、それを早い時期から積極的に行ってきた大学です。
結果として、現在の
「一般入試比率が高い私立大学は評価できる」
という風潮は、立命館大学には追い風になっています。
しかし、
「立命館は一般入試比率が高いから正統派」
「関学は一般入試比率が低かったから偏差値操作」
と単純に分けることはできません。
一般入試比率だけで大学を評価してはいけない
偏差値を見る際には、単に一般入試比率だけを見るのでは不十分です。
一般入試比率が高くても、
- 入試科目を減らす
- 入試方式を細分化する
- 同じ学部を複数回受験できるようにする
- 共通テスト利用方式を複数設ける
- 後期入試まで実施する
といった方法を取ることはできます。
反対に、一般入試比率が低いからといって、それがすべて指定校推薦というわけでもありません。
大学の偏差値や入試難易度を見るときには、
- 何科目なのか
- 募集人数は何人なのか
- 何種類の入試方式があるのか
- 一般入試から何人入学しているのか
- 推薦・総合型ではどのように学生を選んでいるのか
そこまで見なければ、その数字の本当の意味は分かりません。
では、なぜ関西学院大学は、あえて一般入試比率そのものを大きく下げる方向へ進んだのでしょうか。
国の大学入試改革の中心にいた関西学院大学
その背景を考えるうえで重要なのが、当時、文部科学省が進めていた「高大接続改革」です。
文部科学省は、従来の筆記試験中心の大学入試から、
「知識・技能」
「思考力・判断力・表現力」
「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」
という「学力の3要素」を多面的に評価する大学入試へ転換しようとしていました。
2016年、関西学院大学は、文部科学省の「大学入学者選抜改革推進委託事業」のうち、「主体性等分野」の代表大学に選ばれます。
しかも、これは関西学院大学だけの取り組みではありません。
連携大学には、
大阪大学
大阪教育大学
神戸大学
早稲田大学
同志社大学
立命館大学
関西大学
が参加していました。
つまり、
「関学だけが独自に推薦中心の大学へ向かっていた」
わけではありません。
早稲田大学、同志社大学、立命館大学、関西大学なども参加し、日本の大学入試そのものを変える研究が行われていたのです。
象徴だった「JAPAN e-Portfolio」
その中核をなしたのが「JAPAN e-Portfolio」でした。
高校生が、探究活動、部活動、生徒会活動、資格・検定、ボランティア活動、学校行事など、高校生活での学習や活動を電子的に記録していく仕組みです。
しかも、
「大会で優勝した」
「英検○級を取った」
という結果だけを見るものではありません。
なぜその活動をしたのか。
どのような課題にぶつかったのか。
そこで何を考えたのか。
何を学んだのか。
そうしたプロセスまで蓄積し、「主体性」を大学入試で評価しようとしていました。
関西学院大学が目指していたのは、単純に、
「一般入試を減らして推薦入試を増やす」
ことではありません。
一回の筆記試験の点数だけで学生を選ぶ大学入試そのものを変えようとしていたのです。
しかし、JAPAN e-Portfolioは頓挫した
ところが、この構想は予定どおりには進みませんでした。
2020年、文部科学省はJAPAN e-Portfolioの運営許可を取り消します。
これにより、2021年度大学入試ではJAPAN e-Portfolioを通じて受験生の情報を利用することができなくなりました。
その背景には、関西学院大学だけの問題とは言えない事情がありました。
委託事業終了後、参加大学に継続利用を求めず、ゼロベースで事業を開始したため、十分な利用大学数を確保できなかったこと。
文部科学省も、利用大学を増やすための特段の促進策を講じなかったこと。
その結果、事業運営が厳しくなり、最終的には運営法人の財務状況の改善が見込めないとして、許可が取り消されました。
つまり、
「関西学院大学が独自に作った制度に失敗した」
という話ではありません。
文部科学省の委託事業として、多くの有力大学が参加して開発された仕組みだったのです。
改革の最前線に立ったがゆえの影響
もちろん、関西学院大学の入試制度を決定したのは関西学院大学です。
したがって、
「すべて国のせいだった」
とするのは適切ではありません。
しかし結果だけを見ると、関西学院大学はこの改革によってかなり割を食ったとも考えられます。
早稲田大学や同志社大学、立命館大学、関西大学なども同じプロジェクトに参加していました。
しかし、その「代表大学」として最も前に出たのが関西学院大学でした。
関学は、高校との連携を広げ、一般入試以外から学生を選ぶ仕組みを拡充し、「主体性」を重視した大学入試改革を積極的に進めました。
ところが、その前提となっていた国の大学入試改革が大きく後退します。
JAPAN e-Portfolioも消えました。
その一方で、世間には、
「推薦学院大学」
「指定校推薦ばかりの大学」
「一般入試を減らして偏差値を維持する大学」
というイメージが残ってしまった。
国が進めようとしていた改革に最も積極的に対応したからこそ、改革が頓挫したときの影響も大きかった。
そう見ることもできるのではないでしょうか。
そして一般入試比率は再び50%台へ
国の大学入試改革が後退した後、関西学院大学の入試構造も変化していきます。
一時3割台まで低下していた一般入試比率は徐々に上昇し、2024年度入学者では54.3%まで回復しました。
つまり現在は、入学者のおよそ半数以上が一般選抜から入学しています。
「推薦中心の大学」という入試構造を、そのまま維持したわけではありません。
一般選抜を再び入試の大きな柱として位置づける構成へと変化していったのです。
ただし、だからといって、
「推薦や総合型選抜は間違いだった」
と考えて昔の入試に戻ったわけでもありません。
現在も総合型選抜や学校推薦型選抜など、多様な選抜制度を設けています。
一般選抜か、推薦・総合型選抜か。
そのどちらか一方を選んだのではありません。
一般選抜を半数程度確保しながら、それ以外の選抜制度も残す。
入試全体の新たなバランスを模索していると見る方が自然でしょう。
関西学院大学における入試構造変遷の流れ
一般入試比率の低下
↓
高大接続改革の推進
↓
「学力の3要素」を重視した入試への転換
↓
JAPAN e-Portfolioの開発
↓
大学入試改革の後退
↓
JAPAN e-Portfolioの停止
↓
入試制度の再構築
↓
一般入試比率50%台への回復
まとめ――関学の入試構造の変化が映し出すもの
もちろん関西学院大学自身が、
「JAPAN e-Portfolioが頓挫したから一般入試比率を戻しました」
と説明しているわけではありません。
したがって、両者を直接的な因果関係として断定することはできません。
しかし、
関西学院大学の一般入試比率が大きく低下した時期。
日本全体で高大接続改革が進められた時期。
関西学院大学がその改革の代表大学となったこと。
JAPAN e-Portfolioが開発されたこと。
その仕組みが2020年に頓挫したこと。
そして、その後に一般入試比率が再び50%台まで上昇したこと。
これらを時系列で見ると、一つの大きな流れが浮かび上がります。
関西学院大学の一般入試比率の変化を、
「偏差値を上げるために推薦を増やした」
という一言だけで説明するのは簡単です。
しかし、それでは当時何が起きていたのかを十分には説明できません。
むしろ関西学院大学は、日本が一度目指した、
「試験の点数だけではなく、高校時代の学びや主体性まで含めて学生を評価する大学入試」
の最前線に立っていた大学でした。
そして、その改革が予定どおりには進まなかった。
結果として、一般入試比率を再び高め、現在は一般選抜と推薦・総合型選抜の新たなバランスを模索しています。
「推薦学院大学」という言葉だけを見れば、関西学院大学が迷走したようにも見えます。
しかし、その背景をたどれば、そこには一大学だけの問題ではなく、日本の大学入試そのものが「何を学力として評価するのか」を模索した歴史があります。

